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うもえ見奉らず物なども聞え給はず。おとゞも「夢のやうに思ひ給へ亂るゝ心まどひにかう昔覺えたるみゆきのかしこまりをもえ御覽ぜられぬらうがはしさは殊更に參り侍りて」など聞え給ふ。御送に人々參らせ給ふ。「世の中のけふかあすかに覺え侍りし程に、又しる人もなくてたゞよはむことの哀にさり難う覺え侍りしかば、御ほ意にはあらざりけめど、かく聞えつけて年比は心安く思ひ給へつるを、もしもいきとまり侍らばさまことにかはりて人繁き住まひはつきなかるべきを、さるべき山里などにかけ離れたらむ有樣も又さすがに心ぼそかるべくや。さまにしたがひて猶おぼし放つまじくなむ」と聞え給へば、「更にかくまで仰せらるゝなむかへりて耻しう思ひ給へらるゝみだり心ち、とかく亂れ侍りて何事も得辨へ侍らず」とてげにいと堪へがたげにおぼしたり。後夜の御加持に御ものゝけ出で來て「かうぞあるよ。いとかしこう取りかへしつと一人をばおぼしたりしが、いとねたかりしかば、このわたりにさりげなくてなむ日比侍らひつる。今は歸りなむ」とてうち笑ふ。いとあさましう、さはこのものゝけのこゝにも離れざりけるにやあらむとおぼすに、いとほしう悔しうおぼさる。宮少しいき出で給ふやうなれど猶賴みがたげにのみ見え給ふ。侍ふ人々もいといふかひなく覺ゆれど、かうてもたひらかにだにおはしまさばと念じつゝ、みずほふまたのべてたゆみなく行はせなどよろづにせさせ給ふ。かの衞門督はかゝる御事を聞き給ふに、いとゞ消え入るやうにし給ひてむげに賴む方すくなうなり給ひにたり。女宮の哀に覺えたまへばこゝに渡り給はむことは今更にかるがるしきやうにもあらむを、上もおとゞもかくつ