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き奉りししるしには思ひなして、にくげに背くさまにはあらずとも、御そうぶんに廣くおもしろき宮給はり給へるを繕ひて住ませ奉らむ、わがおはします世にさる方にても後めたからずきゝおき、又かのおとゞもさいふともいとおろかにはよも思ひ放ち給はじ、その心ばへをも見はてむなどおもほしとりて、「さらばかく物したる序にいむことうけ給はむをだに結緣にせむかし」とのたまはす。おとゞの君うしとおぼす方も忘れてこはいかなるべき事ぞと悲しく口惜しければ得堪へ給はず「うちに入りてなどかういく世しも侍るまじき身をふり捨てゝ、かうはおぼしなりにけるぞ。猶しばし心をしづめ給ひて御湯まゐり物などをもきこしめせ。たふとき事なりとも御身弱うては行ひもし給ひてむや。かつはつくろひ給ひてこそ」と聞え給へど頭ふりて、いとつらうのたまふとおぼしたり。つれなくてうらめしとおぼすこともありけるにやと見奉り給ふにいとほしう哀なり。とかく聞えかへさひおぼしやすらふ程に夜明けがたになりぬ。かへり入らむに道も晝ははしたなかるべしといそがせたまひて御いのりに侍ふ僧の中にやんごとなう尊き限召し入れて御ぐしおろさせ給ふ。いとさかりに淸らなる御ぐしをそぎすてゝいむことうけ給ふ。さはふ悲しく口惜しければおとゞはえ忍びあへ給ばずいみじうない給ふ。院はたもとよりとりわきてやんごとなう人よりもすぐれて見奉らむとおぼしゝを、この世にはかひなきやうになし奉るも飽かず悲しければ、うちしほたれ給ひて「かくてもたひらかにて同じうはねんずをも勤め給へ」と聞えおき給ひて、明けはてぬに急ぎ出でさせ給ひぬ。宮は猶よわう消えいるやうにし給ひてはかばかし