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なれども」とて御帳の前に御褥まゐりて入れ奉り給ふ。宮をもとかう人々つくろひ聞えてゆかのしもにおろし奉る。御几帳少しおしやらせ給ひて「夜居の加持の僧などの心ちすれどまだげんつくばかりの行ひにもあらねばかたはら痛けれど唯覺束なく覺え給はむさまをさながら見給ふべきなり」とて御目おしのごはせ給ふ。宮もいと弱げにない給ひて「生くべうも覺え侍らぬをかくおはしましたる序になさせ給ひてよ」と聞え給ふ。「さる御ほ意あらばいと尊きことなるをさすがに限らぬ命のほどにて行く末とほき人はかへりてことのみだれあり、世の人に謗らるゝやうありぬべきことになむ、猶憚りぬべき」などのたまはせておとゞの君に「かくなむすゝみのたまふを、今はかぎりのさまならば片時のほどにてもそのたすけあるべきさまにてとなむ思ひ給ふる」とのたまへば「日比もかくなむのたまへど、ざけなどの人の心たぶらかしてかゝる方にすゝむるやうも侍るなるをとてきゝも入れ侍らぬなり」と聞え給ふ。「ものゝけの敎へにてもそれにまけぬとて惡しかるべき事ならばこそはゞからめ。よわりにたる人の限とて物し給はむことを聞きすぐさむは後のくい心苦しうや」とのたまふ。御心のうちにはかぎりなううしろやすくゆづり置きし御事をうけとり給ひてさしも志深からず、我が思ふやうにはあらぬ御氣色を事にふれつゝ年比聞しめしおぼしつめけること色に出でゝ恨み聞え給ふべきことにもあらねば、世の人の思ひいはむ所も口惜しうおぼしわたるに、かゝる折にもてはなれなむも何かは人わらへに世を恨みたる氣色ならで、さもあらざらむ大かたのうしろみには猶賴まれぬべき御おきてなるを、唯預け置