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ぬものなればやすけれとおぼすに、又かく心苦しきうたがひまじりたるにては心やすき方に物し給ふもいとよしかし、さてもあやしや、我が世と共に恐しと思ひし事のむくいなめり、この世にてかく思ひかけぬことにむかはりぬれば後の世の罪も少しかろみなむやとおぼす。人はたしらぬことなればかく心ことなる御はらにて末に出でおはしたるおぼえ、いみじかりなむと思ひいとなみ仕うまつる。御うぶやの儀式いかめしうおどろおどろし。御方々さまざまにしいで給ふ御うぶやしなひ、世のつねのをしきついかさね、たかつきなどのこゝろばへも、殊更に心々いとましさ見えつゝなむ。五日の夜は中宮の御方よりこもちの御前のもの女房の中にもしなじなに思ひあてたるきはきは、おほやけごとに嚴めしうせさせ給へり。御粥、とんじき五十具、所々の饗、院の下部、廳の召次所、なにかのくまゝでいかめしうせさせ給へり。宮づかさ大夫よりはじめて院の殿上人みな參れり。七夜はうちよりそれもおほやけざまなり。致仕のおとゞなど心殊に仕うまつり給ふべきに、この比は何事もおぼされでおほざうの御とぶらひのみぞありける。宮達上達部などあまた參り給ふ。大かたの氣色も世になきまでかしづき聞え給へどおとゞの御心のうちに心苦しとおぼすことありていたうももてはやし聞え給はず御あそびなどはなかりけり。宮はさばかりひわづなる御さまにていとむくつけうならはぬことの恐しう思されけるに、御ゆなども聞しめさず、身の心うきことをかゝるにつけてもおぼし入れば、さばれこの序にも死なばやとおぼす。おとゞはいとよう人目をかざりおぼせど又むつかしげにおはするなどを、とりわきても見奉り給はずなどあ