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つゝ書い給ふ。言の葉のつゞきもなくあやしき鳥の跡のやうにて、

 「行くへなき空のけぶりとなりぬとも思ふあたりをたちははなれじ。夕はわきて詠めさせ給へ。咎め聞えさせ給はむ人めをも今は心やすくおぼしなりてかひなき哀をだにも絕えずかけさせ給へ」などかきみだりて心ちの苦しさまさりければ「よしいたう更けぬさきに歸り參りたまひてかく限のさまになむとも聞え給へ。今更に人あやしと思ひあはせむを、我が世の後さへ思ふこそ苦しけれ。いかなる昔の契にていとかゝることしも心にしみけむ」となくなくゐざり出で給ひぬれば、例はむごにむかへすゑてすゞろごとをさへいはせまほしうし給ふをことずくなにてもと思ふが哀なるに、えもいでやらず。御有樣をめのとも語りていみじう泣きまどふ。おとゞなどの覺したる氣色ぞいみじきや。「昨日今日少し宜しかりつるをなどかいと弱げには見え給ふ」とさわぎ給ふ。「何か猶とまり待るまじきなめり」と聞え給ひてみづからもない給ふ。宮はこのくれつ方より惱ましうし給ひけるをその御氣色と見奉りしりたる人々さわぎみちておとゞにも聞えたりければ驚きて渡り給へり。御心のうちには、あなくちをしや、思ひまじる方なくて見奉らましかば珍しく嬉しからましとおぼせど、人には氣色漏らさじとおぼせば、げんざなどめしみずほふはいつとなく不斷にせらるれば、僧どもの中にげんあるかぎり皆參りて加持まゐりさわぐ。夜ひと夜惱みあかさせ給ひて日さしあがる程に生れ給ひぬ。男君ときゝ給ふに、かく忍びたることのあやにくにいちじるき顏つきにてさしいで給へらむこそ苦しかるべけれ、女こそ何となくまぎれ、數多の人の見