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名をもたて身をもかへりみぬたぐひ昔の世にもなくやはありけると思ひなほすに、猶けはひわづらはしう、かの御心にかゝる咎をしられ奉りて世にながらへむこともいとまばゆく覺ゆるはげにことなる御光なるべし。深きあやまちもなきに見合せ奉りし夕のほどよりやがてかきみだり惑ひそめにしたましひの身にもかへらずなりにしを、かの院の內にあくがれありかば結びとゞめ給へよ」などいとよわげにからのやうなるさまして泣きみ笑ひみ語らひ給ふ。宮も物をのみはづかしうつゝましうおぼしたるさまを語る。さてうちしめりおもやせ給へらむ御さまの面影に見奉る心ちして思ひやられ給へば、げにあくがるゝたまやゆき通ふらむなどいとゞしき心ちにも亂るれば「今さらにこの御ことよ、かけても聞えじ。この世はかうはかなくて過ぎぬるを長き世のほだしにもこそと思ひなむ。いといとほしき心苦しき御ことをたひらかにとだにいかで聞きおい奉らむ。見し夢を心ひとつに思ひ合せて又語る人もなきがいみじういぶせくもあるかな」などとりあつめ思ひしみ給へるさまの深きを、かつはいとうたて恐しう思へど哀はたえしのばずこの人もいみじうなく。しそくめして御返り見給へば、御手も猶いとはかなげにをかしきほどに書い給ひて「心苦しうきゝながらいかでかは、唯おしはかり、殘らむとあるは、

  立ちそひて消えやしなましうきことを思ひみだるゝ煙くらべに。おくるべうは」とばかりあるを哀にかたじけなしと思ひたまふ。「いでやこの煙ばかりこそはこの世の思ひいでならめ。はかなくもありけるかな」と、いとゞなきまさり給ひて御返りふしながらうちやすみ