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かねてなむ、月比とぶらひものし給はぬうらみも捨てゝける」とのたまふ。御氣色のうらなきやうなるものからいとゞはづかしきに、顏の色違ふらむと覺えて御いらへもとみにえ聞えず。「月比かたがたにおぼし惱む御こと承り歎き侍りながら、春の比ほひより例もわづらひ侍る。みだりかくびやうといふもの所せく起り煩ひ侍りてはかばかしくふみたつる事も侍らず月比に添へて沈み侍りてなむ、內などにも參らず世の中跡絕えたるやうにてこもり侍る。院の御齡たり給ふ年なり。人よりさだかに數へ奉り仕うまつるべきよし、致仕のおとゞ思ひおよび申されしを、かうぶりをかけ車ををしまず捨てし身にて進み仕うまつらむにつくところなし、げに下臈なりとも同じこと深き所侍らむ、その心御覽ぜられよともよほし申さるゝことの侍りしかば、重き病をあひ助けてなむ參りてはべし。今はいよいよいとかすかなるさまにおぼしすましていかめしき御よそひを待ち受け奉り給はむこと願はしくもおぼすまじく見奉り侍りしを、事どもをばそがせ給ひて靜なる御物語の深き御願ひかなはせ給はむなむ優れて侍るべき」と申し給へば、いかめしく聞きし御賀のことを女二の宮の御方ざまにはいひなさぬもらうありとおぼす。「唯かくなむことそぎたるさまに世の中はあさく見るべきを、さはいへど心えて物せらるゝに、さればよとなむいとゞ思ひなられ侍る。大將はおほやけがたはやうやうおとなぶめれど、かやうになさけびたる方はもとよりしまぬにやあらむ。かの院何事も心および給はぬことはをさをさなきうちにも、がくのかたの事は御心留めでいとかしこく知り整へたまへるをさこそおぼし捨てたるやうなれ。靜に聞し召し