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くなずらへ聞えていたくなかるめ給ひそ。いにしへよりほいふかきみちにもたどりうすかるべき女がたにだに皆思ひ後れつゝいとぬるき事多かるを、みづからの心には何ばかり思ひ迷ふべきにはあらねど、今はと捨て給ひけむ世のうしろみに讓りおき給へる御心ばへの哀に嬉しかりしを、引き續き爭ひ聞ゆるやうにて、同じさまに見捨て奉らむことのあへなく覺されむにつゝみてなむ。心苦しと思ひし人々も今はかけとゞめらるゝほだしばかりなるも侍らず。女御もかくて行く末は知り難けれど御子達數そひ給ふめればみづからの世だにのどけくはと見おきつべし。その外はたれもたれもあらむに從ひて諸共に身を捨てむも惜しかるまじき齡どもになりにたるを、やうやうすゞしく思ひ侍る。院の御世ののこり久しくもおはせじ。いとあづしくいとゞなりまさり給ひて、物心ぼそげにのみおぼしたるに、今更に思はずなる御名もり聞えて御心亂り給ふな。この世はいと安し。ことにもあらず。後の世の御道の妨げならむも罪いとおそろしからむ」など、まほにそのこととはあかし給はねどつくづくと聞え續け給ふに、淚のみ落ちつゝ我にもあらず思ひしみておはすれば、我もうち泣き給ひて人のうへにてももどかしく聞き思ひしふる人のさかしらよ、身に變ることにこそ、いかにうたてのおきなやとむつかしくうるさき御心そふらむと、耻ぢ給ひつゝ御硯ひき寄せ給ひて手づから押し摺り紙取りまかなひ書かせ奉り給へど、御手もわなゝきてえ書き給はず。かのこまかなりし返事はいとかくしもつゝまず通はし給ふらむかしとおぼしやるに、いとにくければよろづの哀もさめぬべけれど、ことばなど敎へ書かせ奉り給ふ。參り給はむこ