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のにおぼししりて、かの御心よわきも少しかるく思ひなされ給ひけり。遂に御ほ意のごとし給ひてけりと聞き給ひては、いと哀に口惜しく御心動きてまづとぶらひ聞え給ふ。今なむとだににほはし給はざりけるつらさをあさからず聞え給ふ。

 「あまの世をよそに聞かめや須磨の浦にもしほたれしも誰ならなくに。さまざまなる世の定めなさを心に思ひつめて今まで後れ聞えぬる口惜しさをおぼし捨てつとも、さり難き御ゑかうのうちにはまづこそはと哀になむ」など多く聞え給へり。疾くおぼし立ちにしことなれどこの御さまたげにかゝづらひて人にはしかあらはし給はぬことなれど、心のうちあはれに、昔よりつらき御契をさすがにあさまくしもおぼし知られぬなどかたがたにおぼし出でらる。御かへり今はかくしも通ふまじき御文のとぢめとおぼせば哀にて心とゞめて書き給ふ墨つきなどいとをかし。「常なき世とは身ひとつにのみ知り侍りにしを後れぬとのたまはせたるになむ。げに、

  あま船にいかゞは思ひおくれけむあかしの浦にいさりせし君。ゑかうにはあまねき方にてもいかゞは」とあり。濃きあをにびの紙にてしきみにさし給へる、例のことなれどいたくすぐしたる筆づかひ猶ふりがたくをかしげなり。二條院におはします程にて女君にも今はむげに絕えぬることにて見せ奉り給ふ。「いといたくこそはづかしめられたれ。げに心づきなしや。さまざまに心ぼそき世の中の有樣をよく見すぐしつるやうなるよ。なべての世の事にてもはかなく物をいひかはし、時々によせて哀をも知り故をもすぐさず、よそながらのむ