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しきに」とて臥し給へれば、「猶たゞこのはしがきのいとほしげに侍るぞや」とて廣げたれば人の參るにいと苦しくて御几帳ひき寄せて去りぬ。いとゞ胸つぶるゝに院入り給へば、えよくもかくし給はで、御しとねの下にさしはさみ給ひつ。夜さりつかた二條院へわたり給はむとて御暇聞え給ふ。「こゝにはけしうはあらず見え給ふを、まだいとたゞよはしげなりしを見捨てたるやうに思はるゝにも今更にいとほしくてなむ。ひがひがしく聞えなす人ありともゆめ心おき給ふな。今見なほし給ひてむ」と語らひ給ふ。例はなまいはけなきたはぶれごとなども打ち解け聞え給ふを、いたくしめりてさやかにも見合せ奉り給はぬを、唯世のうらめしき御氣色と心え給ふ。晝のおましにうち臥し給ひて御物語など聞え給ふほどに暮れにけり。少し大殿ごもり入りにけるに、ひぐらしの花やかになくに驚き給ひて、さらば道たどたどしからぬ程にとて、御ぞなど奉りなほす。「月まちてともいふなるものを」といと若やかなるさましてのたまふはにくからずかし。そのまにもとやおぼすと心苦しげにおぼして立ちとまり給ふ。

 「夕露に袖ぬらせとや日ぐらしの鳴くをきくきくおきてゆくらむ」。かたなりなる御心にまかせていひ出で給へるもらうたければ、ついゐて「あな苦しや」とうち歎き給ふ。

 「まつさともいかゞ聞くらむかたがたに心さわがすひぐらしの聲」などおぼしやすらひて、猶なさけなからむも心苦しければとまり給ひぬ。しづ心なくさすがに眺められ給ひて御くだものばかり參りなどして大殿ごもりぬ。まだ朝すゞみの程に渡り給はむとて疾く起き