Page:Kokubun taikan 02.pdf/117

提供:Wikisource
このページは校正済みです

るしばかりはさみて五かいばかりうけさせ奉り給ふ。御戒の師いむことの勝れたるよし佛に申すにも哀に尊きことまじりて人わろく御傍にそひ居給ひて淚おしのごひ給ひつゝ佛をもろごゝろに念じ聞え給ふさま、世にかしこくおはする人もいとかく御心惑ふことにあたりてはえしづめ給はぬわざなりけり。いかなるわざをしてこれを救ひかけ留め奉らむとのみよるひるおぼし歎くに、ほれぼれしきまで御顏も少しおもやせ給ひにたり。五月などは、ましてはればれしからぬ空の氣色に、えさはやぎ給はねど、ありしよりは少しよろしきさまなり。されど猶絕えず惱みわたり給ふ。ものゝけの罪救ふべきわざ、日ごとに法華經一部づつ供養せさせ給ふ。何くれと尊きわざせさせ給ふ。御まくらがみ近くて不斷のみ讀經聲尊きかぎりして讀ませ給ふ。あらはれそめては折々悲しげなることゞもをいへど、更にこのものゝけさりはてず、いとゞあつき程は息も絕えつゝいよいよよわり給へばいはむ方なくおぼし歎きたり。なきやうなる御心ちにもかゝる御氣色を心苦しく見奉り給ひて世の中になくなりなむも我が身には更に口惜しきことのこるまじけれど、かくおぼし惑ふめるに、空しく見なされ奉らむがいと思ひぐまなかるべければ、思ひ起して御ゆなどいさゝかまゐるけにや、六月になりてぞ時々御ぐしもたげ給ひける。珍しく見奉り給ふにも猶いとゆゝしくて、六條院にはあからさまにもえ渡り給はず。姬宮は怪しかりしことをおぼし歎きしより、やがて例のさまにもおはせず、惱ましくし給へど、おどろおどろしくはあらず、立ちぬる月より物聞し召さでいたくあをみそこなはれ給ふ。かの人はわりなく思ひあまる時々は、夢のやうに見