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將の君淚をのごひて立ち出で給へるに「いかにいかに。ゆゝしきさまに人の申しつれば、信じ難きことにてなむ、唯久しき御惱を承り歎きて參りつる」などの給ふ。「いと重くなりて月日經給へるをこの曉より絕えいり給へりつるを、ものゝけのしわざになむありける。やうやういき出で給ふやうに聞きなし侍りて今なむ皆人心しづむめれど、まだいとたのもしげなしや。心苦しきことにこそ」とて誠に痛く泣き給へる氣色なり。目も少し腫れたり。衞門督、わがあやしき心ならひにや、この君のいとさしも親しからぬ繼母の御ことを、いたく心しめ給へるかなと目をとゞむ。かくこれかれ參り給へる由聞し召して「重きびやうざの俄にとぢめつるさまなりつるを、女房などは心もえをさめず亂りがはしく騷ぎ侍りけるに、みづからもえのどめず、心あわたゞしき程にてなむ。殊更になむ斯物し給へるよろこびは聞ゆべき」とのたまへり。かんの君は胸つぶれてかゝるをりのらうろうならずはえ參るまじく、けはひはづかしく思ふも心の中ぞ腹ぎたなかりける。かくいき出で給ひての後しも恐しくおぼして、又々いみじき法どもをつくしてくはへ行はせ給ふ。うつしびとにてだにむくつけかりし人の御けはひの、まして世かはりあやしきものゝさまになり給へらむをおぼしやるに、いと心うければ中宮をあつかひ聞え給ふさへぞこのをりは物うくいひもてゆけば、女の身は皆同じ罪深きもとゐぞかしとなべて世の中いとはしく、かの又人も聞かざりし御中のむつものがたりに少し語り出で給へりしことをいひ出でたりしに、誠とおぼし出づるにいと煩はしくおぼさる。御ぐしおろしてむとせちにおぼしたれば、忌むことの力もやとて御いたゞきし