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の心苦しさをえ見すぐさで遂に現れぬること更に知られじと思ひつるものを」とて、髮を振りかけて泣くけはひ、唯昔見給ひしものゝけのさまと見えたり。あさましくむくつけしとおぼししみにしことの變らぬもゆゝしければ、この童の手をとらへて引きすゑてさま惡しくもせさせ給はず、「誠にその人か。善からぬ狐などいふなるものゝたはぶれたるか。なき人のおもてぶせなることいひ出づるもあなるを、たしかなるなのりせよ。又人の知らざらむことの心にしるく思ひ出でられぬべからむをいへ。さてなむいさゝかにても信ずべき」とのたまへば、ほろほろといたくなきて、

 「我が身こそあらぬさまなれそれながらそらおぼれする君は君なり。いとつらしつらし」と泣きさけぶものから、さすがに物はぢしたるけはひ變らず、なかなかいと疎ましく心うければ、物いはせじとおぼす。「中宮の御事にてもいと嬉しくかたじけなしとなむ天かけりても見奉れど、道ことになりぬればこの上までも深く覺えぬにやあらむ。猶みづからつらしと思ひ聞えし心のしふなむとまるものなりける。その中にも生きての世に人よりおとしておぼし捨てしよりも、思ふどちの御物語のついでに心よからずにくかりし有樣をのたまひいでたりしなむいとうらめしく、今はたゞなきにおぼし許して、こと人のいひおとしめむをだに省き隱し給へとこそ思へど、うち思ひしばかりにかくいみじき身のけはひなればかく所せきなり。この人を深く憎しと思ひ聞ゆることはなけれど、まもりつよくいと御あたり遠き心地してえ近づきまゐらず、御聲をだにほのかに聞き侍る。よし今はこの罪かろむばかりの