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ふ。御聲の若くをかしげなるを聞きさすやうにて出でぬる、たましひはまことに身を離れてとまりぬる心ちす。女宮の御許にもまうで給はで大殿へぞ忍びておはしぬる。打ちふしたれどめもあはず。見つる夢のさだかにあはむことも難きをさへ思ふに、かの猫のありしさまいと戀しと思ひ出でらる。さてもいみじきあやまちしつる身かな、世にあらむことこそまばゆくなりぬれと、恐しくそらはづかしき心地してありきなどもし給はず。女の御ためは更にもいはず、我が心地にもいとあるまじき事といふ中にもむくつけく覺ゆれば、思ひのまゝにもえまぎれありかず。みかどの御めをも取り過ちてことの聞えあらむに、かばかり覺えむことゆゑは身のいたづらにならむことも苦しくおぼゆまじ、しかいちじるき罪にはあたらずとも、この院にめをそばめられ奉らむことはいと恐しくはづかしくおぼゆ。かぎりなき女と聞ゆれど、少し世づきたる心ばへまじり、上はゆゑありこめかしきにも從はぬしたの心添ひたるこそ、とあることかゝることにうちなびき心かはし給ふたぐひもありけれ。これは深き心もおはせねどひたおもむきに物おぢし給へる御心にたゞ今しも人の見聞きつけたらむやうに、まばゆくはづかしくおぼさるれば、あかき所にだにえゐざり出で給はず、いと口惜しき身なりけりと、みづから思し知るべし。「惱しげになむ」とありければおとゞ聞き給ひていみじく御心を盡し給ふ御事にうち添へて、又いかにと驚かせ給ひてわたり給へり。そこはかと苦しげなることも見え給はず、いといたくはぢらひしめりてさやかにも見合せ奉り給はぬを、久しくなりぬるたえまをうらめしくおぼすにやといとほしくて、かの御心地のさまなど