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はし侍るべき。いみじくにくませ給へば又聞えさせむ事もありがたきを、唯ひとこと御聲を聞かせ給へ」と萬に聞えなやますもうるさくわびしくて物の更にいはれ給はねば「はてはてはむくつけくこそなり侍りぬれ。又かゝるやうはあらじ」といとうしと思ひ聞えて「さらばふようなめり。身をいたづらにやはなしはてぬ。いと捨て難きによりてこそかくまでも侍れ。こよひにかぎり侍りなむもいみじくなむ。つゆにても御心ゆるし給ふさまならば、それにかへつるにても捨て侍りなまし」とて搔き抱き出づるに、はてはいかにしつるぞとあきれておぼさる。すみの間の屛風をひき廣げて戶を押しあけたれば渡殿の南のとのよべいりしがまだあきながらあるに、まだあけぐれの程なるべし。ほのかに見奉らむの心あればかうしをやをら引きあげて「かういとつらき御心にうつしうつしごゝろも失せ侍りぬ。少し思ひのどめよとおぼされば哀とだにの給はせよ」とおどし聞ゆるをいと珍らかなりとおぼして、物もいはむとし給へどわなゝかれて、いとわかわかしき御さまなり。たゞあけに明け行くに、「いと心あわたゞしくて、哀なる夢がたりも聞えさすべきをかくにくませ給へばこそ。さりとも今おぼしあはする事も侍りなむ」とてのどかならず立ち出づる明けくれ、秋の空よりも心づくしなり。

 「おきて行く空も知られぬあけくれにいづくの露のかゝる袖なり」。ひき出でゝうれへ聞ゆれば、出でなむとするに少し慰め給ひて、

 「あけくれの空にうき身は消えなゝむ夢なりけりと見てもやむべく」とはかなげにの給