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いとめざましく恐しくてつゆいらへもし給はず。いとことわりなれど「世にためしなき事にも侍らぬを珍らかになさけなき御心ばへならば、いと心うくてなかなかひたぶるなる心もこそつき侍れ。哀とだにの給はせばそれを承りて罷でなむ」とよろづに聞え給ふ。よその思ひやりはいつくしく物なれて見え奉らむもはづかしく推し量られ給ふに、唯かばかり思ひつめたるかたはし聞え知らせて、なかなかかけかけしき事はなくて止みなむと思ひしかど、いとさばかり氣高う耻しげにはあらでなつかしくらうたげにやはやはとのみ見え給ふ。御けはひのあてにいみじく覺ゆることぞ人に似させ給はざりける。さかしく思ひしづむる心も失せて、いづちもいづちもゐてかくし奉りて我が身も世にふるさまならず跡絕えて止みなばやとまで思ひみだれぬ。唯いさゝかまどろむとしもなき夢に、この手ならしゝ猫のいとらうたげに打ちなきて來たるを、この宮に奉らむとて我がゐて來たると覺えしを、何しに奉りつらむと思ふ程におどろきていかに見えつるならむと思ふ。宮はいとあさましくうつつとも覺え給はぬに胸ふたがりておぼしおぼるゝを、「猶かく遁れぬ御すくせの淺からざりけるとおぼしなせ。みづからの心ながらもうつしごゝろにはあらずなむ覺え侍る」。かの覺えなかりしみすのつまを猫のつなびきたりし夕のことも聞え出でたり。實にさはたありけむよと口惜しくちぎり心うき御身なりけり。院にも今はいかでかは見え奉らむと、悲しく心細くていとをさなげに泣き給ふをいとかたじけなく哀と見奉りて人の御淚をさへのごふ袖はいとゞ露けさのみまさる。明けゆく氣色なるに出でむかたなくなかなかなり。「いかゞ