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ど、おのがじゝ物縫ひけさうなどしつゝ、物見むと思ひ設くるもとりどりに暇なげにて、御前のかたしめやかに人しげからぬ折なりけり。近く侍ふあぜちの君も時々かよふ、源中將せめて呼びいださせければ、おりたるまに、唯この侍從ばかり近くはさぶらふなりけり。善きをりと思ひて、やをら御帳のひんがしおもての、おましの端にすゑつ。さまでもあるべきことなりやは。宮は何心もなく大殿ごもりにけるを、近く男のけはひのすれば院のおはするとおぼしたるに、打ちかしこまりたる氣色見せてゆかのしもに抱きおろし奉るに、物におそはるゝかと、せめて見上げ給へればあらぬ人なりけり。怪しくも知らぬ事どもを聞ゆるやあさましくむくつけくなりて人召せど近くもさぶらはねば聞きつけて參るもなし。わなゝき給ふさま、水のやうに汗もながれて物も覺え給はぬ氣色いと哀にらうたげなり。「數ならねどいとかうしもおぼし召さるべき身とは思うたまへられずなむ。昔よりおほけなき心の侍りしをひたぶるに籠めて止み侍りなましかば、心の中にくたしてすぎぬべかりけるを、なかなか漏し聞えさせて、院にも聞し召されにしをこよなくもて離れても、のたまはせざりけるにたのみをかけそめ侍りて、身の數ならぬひときはに、人より深き志を空しくなし侍りぬることゝ動し侍りにし心なむ、よろづ今はかひなき事と思う給へ返せど、いかばかりしみ侍りにけるにか、年月にそへて口惜しくもつらくもむくつけくも哀にもいろいろに深く思う給へまさるに、せきかねてかくおほけなきさまを御覽ぜられぬるもかつはいと思ひやりなくはづかしければ、罪重き心も更に侍るまじ」といひもてゆくに、この人なりけりとおぼすに、