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とさし置き奉り給ひて、又いかやうに限なき御心ならむ」といへばうちほゝゑみて「さこそは物はありけれ。宮にかたじけなく聞えさせ及びけるさまは院にも內にも聞し召しけり。などてかはさてもさぶらはざらましとなむことの序にはのたまはせける。いでやたゞ今すこしの御いたはりあらましかば」などいへば「いと難き御ことなりや。御すくせとかいふ事侍るなるをもとにて、かの院のことに出でゝねんごろに聞え給ふに立ち並び妨げ聞えさせ給ふべき御身のおぼえとやおぼされし。この頃こそ少しものものしく御ぞの色も深くなり給へれ」といへばいふかひなくはやりかなる口ごはさに、えいひはて給はで「今はよし、過ぎにし方をば聞えじや。唯かくありがたきものゝひまに氣近きほどにて、この心の中に思ふことのはし少し聞えさせ給ふべくたばかり給へ。いとおほけなき心はすべてよし見給へ。いと恐しければ思ひ離れて侍り」との給へば「これよりおほけなき心はいかゞはあらむ。いとむくつけき事をもおぼしよりけるかな。何しに參りつらむ」とはちぶく。「いであな聞きにく、あまりこちたく物をこそいひなし給ふべけれ。世はいと定なきものを女御后もあるやうありて物し給ふたぐひなくやは。ましてその御有樣よ、思へばいとたぐひなくめでたけれどうちうちは心やましきことも多かるらむ。院のあまたの御中に又ならびなきやうにならはし聞え給ひしに、さしもひとしからぬきはの御方々にたちまじり、めざましげなることもありぬべくこそ。いと善く聞き侍りや。世の中はいと常なきものをひときはに思ひ定めてはしたなくつきなることなのたまひそよ」とのたまへば「人におとされ給へる御有樣とてめ