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あるかぎり二條院につどひ參りて、この院には火をけちたるやうにて唯女どちおはして人ひとりの御けはひなりけりと見ゆ。女御の君もわたり給ひて諸共に見奉りあつかひ給ふ。「たゞにもおはしまさで物のけなどいと恐しきを早く參り給ひね」と苦しき御心地にも聞え給ふ。若宮のいと美しうておはしますを見奉り給ひてもいみじくなき給ひて「おとなび給はむを、え見奉らずなりなむこと忘れ給ひなむかし」とのたまへば、女御せきあへず悲しとおぼしたり。「ゆゝしくかくなおぼしそ。さりともけしうは物し給はじ。心によりなむ人はともかくもある。おきてひろきうつはものにはさいはひも其に隨ひ、せばき心ある人はさるべきにて、高き身となりてもゆたかにゆるべる方はおくれ、急なる人は久しく常ならず、心ぬるくなだらかなる人は長きためしなむ多かりける」など佛神にもこの御心ばせのありがたく、罪かろきさまを申しあきらめさせ給ふ。みずほふのあざりたち夜居などにても近く侍ふかぎりのやんごとなき僧などはいとかくおぼし惑へる御けはひを聞くに、いといみじく心苦しければ心を起して祈り聞ゆ。少しよろしきさまに見え給ふとき、五六日うちまぜつゝ、又おもり煩ひ給ふこと、いつとなくて月日を經給へば猶いかにおはすべきにか、よかるまじき御心地にやとおぼしなげく。御ものゝけなどいひて出で來るもなし。惱み給ふさまそこはかと見えず。唯日に添へてよわり給ふさまにのみ見ゆれば、いともいとも悲しくいみじくおぼすに御心のいとまもなげなり。まことに衞門督は中納言になりにきかし。今の御世にはいと親しくおぼされていと時の人なり。身のおぼえまさるにつけても思ふ事のかなはぬうれは