Page:Kokubun taikan 02.pdf/102

提供:Wikisource
このページは校正済みです

と氣色こそ物し給へ」とほゝゑみて聞え給ふ。宮にいとよくひき取り給へりしことの悅び聞えむとて夕つかたわたり給ひぬ。我に心おく人やあらむともおぼしたらず、いといたく若びてひとへに御ことに心入れておはす。「今はいとまゆるして打ち休ませ給へかし。物の師は心ゆかせてこそ。いと苦しかりつる日比のしるしありて、うしろ安くなり給ひにけり」とて御ことゞもおしやりて、大殿ごもりぬ。對には例のおはしまさぬ夜はよひゐし給ひて、人々に物語など讀ませて聞き給ふ。かく世のたとひにいひ集めたる昔語どもにも、あだなる男、色ごのみ、二心ある人にかゝづらひたる女、かやうなる事をいひ集めたるにも遂による方ありてこそあめれ、怪しくうきてもすぐしつる有樣かな、げにのたまひつるやうに、人よりことなるすくせもありける身ながら、人の忍び難く飽かぬことにする物思ひはなれぬ身にてや止みなむとすらむ、味氣なくもあるかなゝど思ひつゞけて、夜更けて大殿籠りぬる曉方より御胸を惱み給ふ。人々見奉りあつかひて「御せうそこ聞えさせむ」と聞ゆるを、「いとびんないこと」とせいし給ひて堪へ難きをおさへて明し給ひつ。御身もぬるみて御心地もいと惡しけれど、院もとみにわたり給はぬ程かくなむとも聞えず。女御の御方より御せうそこあるに、「かくなやましくてなむ」と聞え給へるに驚きてそなたより聞え給へるに胸つぶれて急ぎわたり給へるにいと苦しげにておはす。「いかなる御心地ぞ」とて探り奉り給へば、いとあつくおはすれば昨日聞え給ひし御つゝしみのすぢなどおぼし合せ給ひていとおそろしくおぼさる。御かゆなどこなたに參らせたれど御覽じも入れず。日一日添ひおはして萬に見奉り