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Page:Kokubun taikan 01.pdf/70

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もたうらいの導師」とぞ拜むなる。「かれ聞き給へ。この世とのみは思はざりけり」とあはれがり給ひて、

 「うばそくが行ふみちをしるべにて來む世もふかきちぎりたがふな」。長生殿のふるきためしはゆゝしくて、はねをかはさむとは引きかへて彌勒の世をぞかね給ふ。行く先の御たのめいとこちたし。

 「さきの世のちぎり知らるゝ身のうさに行く末かねて賴みがたさよ」。かやうのすぢなどもさるは心もとなかめり。いざよふ月にゆくりなくあくがれむことを女も思ひやすらひ、とかくの給ふほど、俄かに雲がくれて明け行く空いとをかし。はしたなき程にならぬさきにと例の急ぎ出で給ひて輕らかにうち載せ給へれば、右近ぞ乘りける。そのわたり近きなにがしの院におはしまし着きて、あづかり召し出づるほど荒れたる門のしのぶ草茂りて見上げられたる、たとしへなくこぐらし。露も深く露けきに簾垂をさへ上げ給へれば御袖もいたう濡れにけり。まだかやうなることを習はざりつるを心づくしなる事にもありけるかな。

 「いにしへもかくやは人のまどひけむ我がまだ知らぬしのゝめの道。ならひ給へりや」との給ふ。女はぢらひて、

 「山の端のこゝろもしらで行く月はうはの空にてかげや絕えなむ。心ぼそく」とて物恐しうすごげに思ひたれば、かのさしつどひたる住まひの心ならひならむとをかしうおぼす。御車入れさせて、西の對におましなどよそふ程匂棚に御車ひきかけて立ち給へり。右近えんな