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若きおもとの侍るをそらおぼれしてなむ謀られまかりありく。いとよく隱したりと思ひて小き子どもなどの侍るが、ことあやまちしつべきもいひ紛らはして、又人なきさまを强ひてつくり侍る」などかたりて笑ふ。「尼君のとぶらひにものせむ序にかいまみせさせよ」とのたまひけり。假にても宿れる住まひの程を思ふに、これこそかの人の定めあなづりし下のしなならめ、その中に思ひの外にをかしき事もあらばなど思ほすなりけり。惟光、いさゝかの事も御心に違はじと思ふに、おのれも隈なきすき心にて、いみじくたばかり惑ひ步きつゝ、忍びておはしまさせそめてけり。この程の事くだくだしければ、例のもらしつ。
女をさしてその人と尋ね出で給はねば我も名のりをし給はで、いとわりなうやつれ給ひつゝ、例ならずおり立ちありき給ふは、おろかにはおぼさぬなるべしと見れば、我が馬をば奉りて御ともに走りありく。懸想人のいと物げなき足もとを見つけられて侍らむ時、からくもあるべきかなとわぶれど、人に知らせ給はぬまゝに、かの夕顏のしるべせし隨身ばかり、さては顏むげにしるまじきわらは一人ばかりぞ率ておはしける。もし思ひよる氣色もやとて、となりに中やどりをだにし給はず。女もいと怪しく心得ぬ心地のみして、御使に人を添へ曉の道を窺はせ、御ありか見せむと尋ぬれど、そこはかとなく惑はしつゝ、さすがに哀に見てはえあるまじくこの人の御心にかゝりたればびんなくかるがるしき事ども思ほしかへしわびつゝいとしばしば坐します。かゝるすぢはまめ人の亂るゝ折もあるを、いとめやすくしづめ給ひて人の咎めきこゆべきふるまひはし給はざりつるを、怪しきまで今朝のほどひるまのへだても覺束