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Page:Kokubun taikan 01.pdf/568

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せ給ふ。右近の陣のみかは水の邊になずらへて西の渡殿のしたより出づる汀近う埋ませ給へるを、惟光の宰相の子の兵衞の尉ほりて參れり。宰相中將取りて傳へ參らせ給ふ。宮「いと苦しきはんざにもあたりて侍るかな。いとけぶたしや」となやみ給ふ。おなじほふこそはいづくにも散りつゝひろごるべかめるを、人々の心々に合せ給ひつる深さ淺さをかぎあはせ給へるにいとけうある事多かり。更にいづれともなき中に齋院の御くろばう、さいへども心にくゝしづやかなる匂ひ殊なり。侍從はおとゞの御は勝れてなまめかしうなつかしきかなりと定め給ふ。對の上の御はみくさある中に、梅花はなやかに今めかしう少しはやき心しらひをそへて珍らしきかをり加はれり。この頃の風にたぐへむには更にこれにまさる匂ひあらじとめで給ふ。夏の御方には、人々のかう心々にいどみ給ふなる中に、かずかずにも立ち出すやと、煙をさへ思ひ消え給へる御心にて唯荷葉を一くさ合せ給へり。さまかはりしめやかなるかして哀になつかし。冬の御方にも、時々によれるにほひの定まれるにけたれむもあいなしと覺してくのえかうのはう勝れたるは、さきの朱雀院のをうつさせ給ひて公忠の朝臣のことに撰び仕うまつれりし百ぶの方など思ひえて世に似ずなまめかしさを取り集めたる心おきてすぐれたりと、孰れをもむとくならず定め給ふを「心ぎたなき判者なめり」ときらひ給ふ。月さし出でぬれば大みきなど參り給ひて昔の物語などし給ふ。かすめる月のかげ心にくきを、雨の名殘の風少し吹きて花の香なつかしきに、おとゞのあたりいひしらず匂ひ滿ちて人の御心地いとえんなり。藏人所の方にも明日の御あそびのうちならしに御琴ども