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Page:Kokubun taikan 01.pdf/563

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ど心やましうなむ」などあるを、大將も見給ひて、うち笑ひて、「女はまことの親の御あたりにもたはやすくうち渡り見え奉り給はむこと、序なくてあるべきことにあらず。ましてなぞこのおとゞの折々思ひはなたず恨み事はし給ふ」とつぶやくもにくしと聞き給ふ。御返りこゝにはえ聞えじと書きにくゝおぼいたれば、「まろ聞えむ」とかはるも、かたはらいたしや。

 「すがくれて數にもあらぬかりの子をいづ方にかはとりかくすべき。よろしからぬ御氣色に驚きてすきずきしや」と聞え給へり。「この大將のかゝるはかなしごといひたるもまだこそ聞かざりつれ。珍しう」とて笑ひ給ふ。心のうちにはかくらうじたるをいとにくしとおぼす。

かのもとの北の方は月日隔たるまゝにあさましと物を思ひ沈みいよいよほけしれて物し給ふ。大將殿は大方のとぶらひ何事をも委しうおぼしおきて、君達をばかはらず思ひかしづき給へばえしもかけ離れ給はず、まめやかなる方のたのみは同じごとにてなむ物し給ひける。姬君をぞ堪へがたくこひ聞え給へど絕えて見せ奉り給はず。わかい御心のうちに、この父君を誰も誰もゆるしなう恨み聞えていよいよ隔て給ふことのみまされば心ぼそく悲しきに、をとこ君達は常に參りなれつゝ、かんの君の御有樣などをもおのづから事にふれて打ち語りて、「まろらをもらうたく懷しうなむし給ふ。明暮をかしき事を好みて物し給ふ」などいふに羨ましう、かやうにても安らかにふるまふ身ならざりけむを歎き給ふ。あやしうをとこ女につけつゝ人に物を思はするかんの君にぞおはしける。その年の十一月にいとをかしきちごをさへ抱き出で給へれば、大將も思ふやうにめでたしともてかしづき給ふ事限り