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Page:Kokubun taikan 01.pdf/560

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ぬけはひを哀とおぼしつゝ顧みがちにて渡らせ給ひぬ。やがて今夜かの殿にとおぼしまうけたるを、かねては許されあるまじきにより漏し聞え給はで、「俄にいとみだり風の惱ましきを心安き所にうち休み侍らむほど、よそよそにてはいと覺束なく侍らむを」とおいらかに申しない給ひてやがて渡し奉り給ふ。父おとゞ俄なるを儀式なきやうにやとおぼせど、强ちにさばかりの事をいひ妨げむも人の心おくべしとおぼせば、「ともかくももとよりしだいならぬ人の御事なれば」とぞ聞え給ひける。六條殿ぞいとゆくりなくほ意なしとおぼせどなどかさはあらむ。女も鹽やく煙の靡きける方をあさましとおぼせど、盜みもていきたらましとおぼしなずらへて、いとうれしく心ちおちいぬ。かの入りゐさせ給へりしことをいみじうゑんじ聞えさせ給ふも心づきなく、なほなほしき心地して世には心とけぬ御もてなしいよいよ氣色あし。かの宮にもさこそたけうのたまひしか、いみじうおぼし侘ぶれど絕えておとづれず、思ふ事かなひぬる御かしづきに明暮いとなみて過ぐし給ふ。

二月にもなりぬ。大殿はさてもつれなきわざなりやいとかうきはきはしうとしも思はでたゆめられたるねたさを、人わろく、すべて御心にかゝらぬ折なく、戀しう思ひ出でられ給ふ。宿世などいふものおろかならぬことなれどわがあまりなる心にてかく人やりならむ物は思ふぞかしと、おきふし面影にぞ見え給ふ。大將のをかしやかにわらゝかなるけもなき人にそひ居たらむに、はかなきたはぶれ事もつゝましうあいなくおぼされてねんじ給ふを、雨いたう降りていとのどやかなる頃かやうのつれづれも紛はし所に渡り給ひて語らひ給ひしさまなどの、いみじう戀し