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面かげに又あひ見でやと思ふより外のことなし。宮の御もとへも、あいなく心うくて參り給はずおはせしかた年頃遊び馴れし所のみ思ひ出でらるゝことまされば里さへうく覺え給ひつゝまた籠り居給へり。殿はこの西の臺にぞ聞えあづけ奉り給ひける。「大宮の御世の殘り少げなるをおはさずなりなむ後もかく幼き程より見ならはして後見おぼせと」聞え給へば唯のたまふまゝの御心にて懷しう哀に思ひあつかひ奉り給ふ。ほのかになど見奉るにもかたちのまほならずもおはしけるかな、かゝる人をも人は思ひ捨て給はざりけりなどわがあながちにつらき人の御かたちを心にかけて戀しと思ふもあぢきなしや。心ばへのかやうにやはらかならむ人をこそあひ思はめと思ふ。又向ひて見るかひなからむもいとほしげなり。かくて年經給ひにけれど殿のさやうなる御かたち御心とみ給うてはまゆふばかりのへだてさしかくしつゝ何くれともてなし紛はし給ふめるもうべなりけりと思ふ心のうちぞ耻しかりける。大宮のかたちことにおはしませどまだいと淸らにおはしこゝにもかしこにも人はかたちよきものとのみめなれ給へるをもとより勝れざりける御かたちのやゝさだ過ぎたる心ちしてやせやせに御ぐしすくなゝるなどがかくそしらはしきなりけり。年の暮にはむつきの御さうぞくなど宮はたゞこの君一所の御ことをまじることなう急ぎ給ふ。あまたくだりいと淸らにしたて給へるを見るも物うくのみ覺ゆれば「朔日などには必ずしも內へ參るまじう思ひ給ふるに何にかく急がせ給ふらむ」と聞え給へば「などてかさもあらむ。老いくづほれたらむ人のやうにものたまふかな」とのたまへば「老いねどくづほれたる心地ぞする