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Page:Kokubun taikan 01.pdf/398

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しき香のうちそよめき出でつるはくわざの君のおはしましつるとこそ思ひつれ。あなむくつけや、しりうごとやほの聞し召しつらむ。煩はしき御心を」とわびあへり。殿は道すがらおぼすに、いとロをしく惡しきことにはあらねど、珍しげなきあはひに世の人も思ひいふべきこと、おとゞの强ひて女御をおししづめ給ふもつらきに、わくらはに人にまさることもやとこそ思ひつれ、妬くもあるかなとおぼす。殿の御中の大かたには昔も今もいとよくおはしながらかやうの方にては挑み聞え給ひし名殘もおぼし出でゝ心うければ寢覺がちにて明し給ふ。大宮もさやうの氣色は御覽ずらむものを世になく悲しうし給ふ御うまごにて任せて見給ふならむと、人々のいひし氣色をめざましう妬しと思すに御心動きて少しをゝしうあざやぎたる御心には鎭めがたし。二日ばかりありて參り給へり。しきりに參り給ふ時は大宮もいと御心ゆき嬉しきものにおばいたり。御尼びたひ引きつくろひうるはしき御小袿など奉りそへて、こながらも耻かしげにおはするひとざまなればまほならずぞ見え奉り給ふ。おとゞ御けしき惡しくて「こゝにさぶらふもはしたなく人々いかに見侍らむと心おかれにたり。はかばかしき身に侍らねど世に侍らむかぎり御めかれず御覽ぜられ覺束なきへだてなくとこそ思ひ給ふれ。善からぬものゝうへにて怨めしと思ひ聞えさせつべきことの出でまうで來たるをかうも思う給へじとかつは思う給ふれど猶しづめ難く覺え侍りてなむ」と淚おしのごひ給ふに宮けさうじ給へる御顏の色たがひて御目もおほきになりぬ。「いかやうなることにてか、今更のよはひの末に心おきてはおぼさるらむ」と聞え給ふもさすがにいとほしけれ