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Page:Kokubun taikan 01.pdf/306

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て、御使奉れ給へり。「只今の空をいかに御覽ずらむ。

  降りみだれひまなき空になき人のあまがけるらむ宿ぞかなしき」。空色の紙のくもらはしきに書い給へり。わかき人の御目にとゞまるばかりと心してつくろひ給へる、いと目もあやなり。宮はいと聞えにくゝし給へどこれかれ人づてにてびんなきことゝ責め聞ゆれば、にびいろの紙のいとかうばしうえんなるに墨つぎなどまぎらはして、

 「消えがてにふるぞ悲しきかきくらし我が身それともおもほえぬよに」。つゝましげなる書きざまにて、いとおほどかに御手すぐれてはあらねどらうたけにあてはかなる筋に見ゆ。くだり給ひし程よりなほあかずおぼしたりしを、今は心にかけてともかくも聞えよりぬべきぞかしとおぼすには例のひきかへしいとほしくこそ。故みやす所のいと後めたげに心おき給ひしを、ことわりなれど世の中の人もさやうに思ひよりぬべき事なるを、ひきたがへ心淸くてあつかひ聞えむ、うへの今少し物おぼし知る齡にならせ給ひなばうちずみせさせ奉りてさうざうしきにかしづきぐさにこそとおぼしなる。いとまめやかにねんごろに聞え給ひてさるべき折々は渡りなどし給ふ。「かたじけなくとも昔の御名殘におぼしなずらへてけどほからずもてなさせ給はゞなむ本意なる心地すべき」など聞え給へどわりなく物はぢをし給ふ。おくまりたる人ざまにてほのかにも御聲など聞かせ奉らむはいと世になくめづらかなることゝおぼしたれば、人々も聞えわづらひてかゝる御心ざまを憂ひ聞えあへり。女別當內侍などいふ人々、あるは離れ奉らぬわかんどほりなどにて心ばせある人々多かるべし。