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Page:Kokubun taikan 01.pdf/294

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むと急ぎ苦しがれば思ふ事ども少し聞え續けて、

 「ひとりしてなづるは袖の程なきにおほふばかりのかげをしぞまつ」と聞えたり。あやしきまで御心にかゝりゆかしうおぼさる。女君には殊にあらはしてをさをさ聞え給はぬを聞き合せ給ふ事もこそとおぼして、「さこそあなれ。あやしうねぢけたるわざなりや。さもおはせなむと思ふあたりには心もとなくて思ひの外に口惜しくなむ。女にてさへあなればいとこそものしけれ。尋ね知らでもありぬべきことなれど、さはえ思ひすつまじきわざなりけり。よびにやりて見せ奉らむ。憎み給ふなよ」と聞え給へばおもてうち赤みて「あやしう常にかやうなるすぢのたまひつくる心の程こそ我ながらうとましけれ。ものにくみはいつ習ふべきにか」と怨じ給へば、いとよくうちゑみて、「そよ、誰がならはしにかあらむ。思はずにぞ見え給ふや。人の心よりほかなる思ひやりごとして物怨じなどし給ふよ。思へば悲し」とてはてはては淚ぐみ給ふ。年比飽かず戀しと思ひ聞え給ひし御心の中ども折々の御文の通ひなどおぼし出づるにはよろづの事すさびにこそあれと、思ひけたれ給ふ。「この人をかうまで思ひやりこととふは猶思ひやうの侍るぞ。まだきに聞えばまたひが心得給ふべければ」とのたまふ。「さして人がらのをかしかりしも所からにや、珍しうおぼえきかし」など語り聞え給ふ。あはれなりし夕の煙、いひしことなどまほならねど、その夜のかたちほの見し琴の音のなまめきたりしもすべて心とまれるさまにのたまひ出づるにも、われは又なくこそ悲しと思ひ歎きしか、すさびにても心を別け給ひけむよと、たゞならず思ひ績けられてわれは