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Page:Kokubun taikan 01.pdf/293

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 「かねてよりへだてぬ中とならはねど別は惜しきものにぞありける。慕ひやせまし」とのまたへば、うはぢらひて、

 「うちつけの別を惜しむかごとにて思はぬかたに慕ひやはせぬ」。馴れて聞ゆるをいたしとおぼす。車にてぞ京のほどは行き離れける。いと親しき人さしそへて、ゆめもらすまじく口がため給ひてつかはす。御はかし、さるべきものなど、所せきまでおぼしやらぬくまなし。めのとにもありがたうこまやかなる御いたはりの程淺からず。入道思ひかしづき思ふらむ有樣思ひやるもほゝゑまれ給ふこと多く、又あはれに心苦しくも、唯このことの御心にかゝるも淺からぬにこそは。御文にも「おろかにもてなし給ふまじ」と返すがへすいましめ給へり。

 「いつしかも袖うちかけむをとめ子が世をへてなでむ岩のおいさき」津の國までは船にてそれよりあなたは馬にて急ぎつきぬ。入道待ちとり喜びかしこまり聞ゆる事かぎりなし。そなたに向きて拜み聞えてありがたき御心ばへを思ふにいよいよいたはしう恐しきまで思ふ。ちごのいとゆゝしきまでうつくしうおはする事たぐひなし。げにかしこき御心にかしづき聞えむとおぼしたるはうべなりけりと見奉るにあやしき道に出で立ちて夢の心地しつる歎もさめにけり。いとうつくしうらうたくおぼえてあつかひ聞ゆ。こもちの君も月比物をのみ思ひ沈みていとゞよわれる心地に生きたらむともおぼえざりつるを、この御心おきての少し物思ひ慰めらるゝにぞかしらもたげて御使にもになきさまの志をつくす。とく參りな