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に置き給へり。
「うしとのみひとへに物はおもほえでひだりみぎにもぬるゝ袖かな」その頃大貳は上りける。いかめしうるゐひろく、むすめがちにて所せかりければ北の方は船にてのぼる。浦づたひに逍遥しつゝくるに外よりおもしろきわたりなれば心とまるに、大將かくておはすと聞けば、あいなうすいたる若きむすめたちは、船の內さへ耻かしう心げさうせらる。まして五節の君は網手ひき過ぐるも口をしきにきんの聲風につきて遙に聞ゆるに、所のさま人の御ほど物のねの心ほぞさ取り集め心あるかぎり皆泣きにけり。そち、御せうそこきこえたり。「いと遙なるほどより罷り上りてはまづいつしか侍ひて都の御物語もとこそ思ひ給へ侍りつれ。思の外にかくておはしましける御やどりを罷り過ぎ侍る、かたじけなく悲しうも侍るかな。あひしりて侍る人々さるべきこれかれまで來迎ひてあまた侍れば所せきを思ひ給へ憚り侍る事ども侍りてえ侍らはぬこと、殊更に參り侍らむ」など聞えたり。子の筑前の守ぞ參れる。この殿の藏人になし顧み給ひし人なれば、いともかなしいみじと思へども又見る人々のあれば聞えをおもひて暫しも立ちとゞらず。「都離れて後昔親しかりし人々あひ見る事難うのみなりにたるにかくわざと立ちより物したること」とのたまふ。御返りもさやうになむ。守なくなくかへりておはする御有樣語るに、そちよりはじめ迎の人々まがまがしう泣きみちたり。五節はとかくして聞えたり。
「琴の音にひきとめらるゝ綱手繩たゆたふこゝろ君しるらめや。すきずきしさも人なと