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Page:Kokubun taikan 01.pdf/166

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を見る」とうちおほどけたる聲にいひなして寄り居給へり。「怪しうもさまかへたるこまうどかな」といらふるは、心知らぬにやあらむ。いらへはせで、唯時々うち歎くけはひするかたに、よりかゝりて、几帳ごしに手をとらへて、

 「あづさ弓いるさの山にまどふかなほのみし月のかげや見ゆると。何故か」と推しあてにのたまふを、えしのばぬなるべし。

  心いるかたならませばゆみはりの月なき空にまよはましやは」といふ聲たゞそれなり。いとうれしきものから。


世の中かはりて後よろづ物うくおぼされ、御身のやんごとなさも添ふにや、かるがるしき御忍びありきもつゝましうて、こゝもかしこもおぼつかなさの嘆きを重ね給ふ程にや、猶我につれなき人の御心をつきせずのみおぼしなげく。今はましてひまなく、たゞ人のやうにて添ひ坐しますを、今きさきは心やましうおぼすにや、うちにのみ侍ひ給へば、立ちならぶ人なう心安げなり。折節に隨ひては御遊などをこのましう世の響くばかりせさせ給ひつゝ今の御有樣しもめでたし。唯春宮をぞいと戀しう思ひ聞え給ふ。御後見のなきを後めたう思ひ聞えて、大將の君によろづ聞えつけ給ふも、傍痛きものから嬉しとおぼす。誠や、かの六條の御