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Page:Kokubun taikan 01.pdf/160

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いとめやすくもて靜めてこわづかひなど物々しくすぐれたり。さての人々は皆隱しがちに鼻白ろめる多かり。地下のもんにんはまして帝春宮の御ざえかしこくすぐれておはします。かゝる方にやんごとなき人多くものし給ふ頃なるにはづかしくて遙々と曇なき庭に立ち出づる程はしたなくて易き事なれど苦しげなり。年老いたる博士どもの、なりあやしく窶れて例なれたるも哀れにさまざま御覽ずるなむをかしかりける。がくどもなどは更にもいはずとゝのへさせ給へり。やうやういり日になるほどに春の鶯囀るといふ舞いと面白く見ゆるに源氏の御紅葉の賀の折おぼし出でられて、春宮かざし給はせてせちに責めの給はするに遁れがたくて、立ちてのどかに袖かへす所をひとをれ氣色ばかり舞ひ給へるに似るべきものなく見ゆ。左のおとゞうらめしさも忘れて淚落し給ふ。「頭中將いづら、遲し」とあれば、柳花苑といふ舞を、これは今少しうち過ぐしてかゝる事もやと心づかひしけむ、いとおもしろければ、御ぞ賜はりていと珍しきことに人思へり。上達部皆亂れて舞ひ給へど夜に入りては殊にけじめも見えず、ふみなど講ずるにも源氏の君の御をば講師もえ讀みやらず、句ごとにずじのゝしる博士どもの心にもいみじう思へり。かうやうの折にも、まづこの君を光にし給へば帝もいかでかおろかにおぼされむ。中宮御目のとまるにつけて、春宮の女御のあながちに憎み給ふらむもあやしうわがかう思ふも心うしとみづからおぼしかへされける。

 「大かたに花のすがたを見ましかばつゆも心のおかれましやは」、御心の中なりけむ事いかで漏りにけむ。夜いたう更けてなむ事はてける。上達部おのおのあがれきさき春宮還らせ