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 「かこつべき故をしらねばおぼつかないかなる草のゆかりなるらむ」といとわかけれどおひさき見えてふくよかに書い給へり。故尼君にぞ似たりける。いまめかしき手本ならはゞいとよう書い給ひてむと見給ふ。ひゝななどわざと屋ども作り續けて諸共に遊びつゝこよなき物思のまぎらはしなり。かのとまりにし人々、宮渡り給ひて尋ね聞え給ひけるに聞えやらむ方なくてぞわびあへりける。「暫し人に知らせじ」と君もの給ひ少納言も思ふ事なれば、せちに口がためやりつゝ唯「行くへも知らず少納言がゐて隱し聞えたる」とのみ聞えさするに、宮もいふかひなうおぼして、「故尼君もかしこに渡り給はむ事をいと物しとおぼしたりしことなれば、めのといとさしすぐしたる心ばせのあまり、おいらかにわたさむをびんなしなどはいはで、心にまかせてゐてはふらかしつるなめり」と泣く泣く歸り給ひぬ。「もし聞き出で奉らば吿げよ」とのたまふもわづらはしく、僧都の御許にも尋ね聞え給へどあとはかなくて、あたらしかりし御かたちなど戀しく悲しとおぼす。北の方も母君を憎しと思ひ聞え給ひける心も失せて我が心に任せつべうおもほしけるに、たがひぬるは口惜しうおぼしけり。やうやう人參り集りぬ。御あそびがたきのわらはべちごどもいとめづらかに今めかしき御有樣どもなれぼ、思ふ事なくて遊びあへり。君は男君のおはせずなどしてさうざうしき夕暮などばかりぞ尼君を戀ひ聞え給ひてうち泣きなどし給へど、宮をば殊に思ひ出で聞え給はず。もとより見ならひ聞え給はでならひ給へれば、今は唯この後の親をいみじうむつびまつはし聞え給ふ。物よりおはすればまづ出で向ひて哀にうち語らひ御ふところに入り居てい