Page:Kokkaron1905.djvu/57

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て人間の微細なる行爲に迄干涉する時は則ち國家組織と相距る遠からざるなり。今宗敎組織は一の社會機關なり。社會機關たる點に於ては國家も亦同じきなり。兩者共に人間意志の一部を司配するのみ。

兹に一の疑問あり。國家組織をなしつゝある個人の享受する自由は拘束內の自由にあらざるやと云ふこと是れなり。實際に於て個人の自由は國家之を禁止せんとすれば則ち禁止し得べき者なり。唯だ之に程度あることは前述の如し。故に國家は全體より個人の行動を見、許す可きを許し、許す可らざるを許さず、換言すれば個人の自由は國家より認められたる外之れ