Page:Kokkaron1905.djvu/18

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有する目的は即ち政治〈行政と區別して〉の實現を期せん爲めなり。政治は社會の安寧幸福を增進せんとする主權者の自由意志的進動なり。某々の主權者のなす所は必ずしも人民の同情を得ざるも政治の進動は人民の希望する所なり。亞米利加のウァード氏の言へる如く、政府なき社會を假定せんに警察事務を司る所の職務は自ら其內に發生し來るべく、端なく是れ政府に外ならざるなり。(Outlines of sociology Chap. II.) 人民は主權者を是認し、又其政治を是認す。玆に於て主權者の意志は權力と云はるゝなり。〈獨のMacht、佛のPouvoir、英のPower、皆力、能力の義なり。之を權力の義に用ふるは擬當なり。英のAuthorityは權威なり。羅典のPotestasも亦羅典語にてはPotestas vitae necisqueの如く權カの意味に用ふれども亦疑當なり。〉