うと云う人物だったら、申分なかったのじゃが、そうはいかなかったので!」
「そうすると」私はハッと思い当りながら、「その紳士は、万助を利用して、脇田博士を殺させたのですね」
「その通りじゃ」
「しかしですね。紳士はどうして、脇田博士が万助の家に行く事を知っていたんでしょうか。又、脇田博士は何だって、万助の家に行ったんでしょう」
「そこが、問題じゃて」
手塚が意味ありげにそう云った時に、自動車は恰度、脇田博士の研究所の前に停った。
九
研究室は前に述べた通り二棟に分れていた。両方とも、灰色の壁に囲まれた、長方形の重苦しい感じのする建物だったが、一方の屋根は何の変哲もない、普通のものであるに反して、他方の屋根は、お椀を伏せたように円形に盛り上っていて、その上には、円盤の上に分度器を立てたような、奇妙な恰好をしたものが、飾りの
その奇妙な装飾は、直ぐに青年理学士の眼に留った。彼は手塚に向って、
「こっちが、焼跡に立てられた、新しい方の建物ですね。変なものが、円屋根の上に載っていますね」
「うん、こっちが新しい方だ」手塚はうなずいた。「最近には、博士はこっちの方にばかりいたと云う事じゃ。屋根の上に載っているのは何だろうね」
「どうも日時計らしいと思うんですが、変だな」
「なるほど、日時計か。日時計は西洋ではよく、庭の飾りになどに使われる。装飾と実用を兼ねるから、理学博士でも考えつきそうなものじゃて」
「しかし、屋根の上に取りつけたのは変だ」
青年は半ば独り言のように云って、不審に堪えないと云う風に、眉をひそめながら、じっと屋根を睨みつけた。
「大して不思議でもないて。屋根の上なら、日がよく当るから、都合がいいじゃないか」
「ところが、あんな高い屋根の上じゃ、誰も日の影の落ちる
青年理学士には、未だ謎は解けないらしかったが、やがて
「屋根の飾りを問題にした所で仕方がない。中を拝見しましょうか」
研究室の中は、電気炉や変圧器や抵抗器のような電気機械や、ビウレットやピペットのような測定用硝子器具が一杯並べられていた。私や手塚弁護士は一向興味を覚えなかったが、青年理学士はこここそ自分の領分だと云わんばかりに、今までとは打って変って、玩具屋の店頭に立った子供のように、異様に眼を輝やかしながら、それらの機械器具の類を、撫でたり叩いたり、貼ってあるマークを覗いたり、傍目には狂喜しているとより思えないほどだった。
やがて彼は誰に云うとなしに呟き始めた。
「この変圧器は、十ボルトから三十ボルトまで、自由に変ると云う特種〔ママ〕のものですぜ。この加圧電気