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Page:KōgaSaburō-KiseiYama-Touhou-sha-1957.djvu/9

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の背の低い、様子の余り好くない男で、欠勤勝ちな、勤務振りも余り上等でなく、どつちかと云うと受の好くない方だつた。だから、当の藤田はどうだつたか知らんが、藤田を覘つていた自信のある連中の間では、岩元などは物の数に這入つていなかつたのだ。所が、彼中々の辣腕で、いつの間にか藤田をものにして、俸給を二人して受取つた翌日、手に手を取つて、ドロンを極め込んだのだ。後で調べて見ると、大した額でもないが、彼は庶務の金を費い込んでいたと云う事だ。谷口が憂鬱になつて遂に欠勤して終つたのは、全く失恋の結果だつたのだ。

 僕は実に意外だつた。藤田は純真なうちに中々確りした所がある女だと思つていたので、まさか駈落をしようとは思わなかつたし、殊に相手が岩元だと聞いては、大いに幻滅で、腹立しくもあれば、可哀想でもある。こんな事なら早く口を利いて、谷口の望みを遂げさせれば好かつたと、悔んでも後の祭だ。

 谷口は二三日休んで、しよんぼりとして出て来たが、僕は明らさまにそれと云わぬが、彼が恥かしく思わない程度で、それとなく訓戒を加えた。彼も分つたようにうなずいてはいたがどうも余程の打撃を受けたらしい。それほどまで思つていたのなら、早く当人へなり、僕になり誰になり打明けて、手取早く事を連べば好いのに。どうも彼の様子では自分独りの胸に畳んで彼女に云わず終いに失恋して終つたらしい。今時の若者に似ず、馬鹿な奴と腹立たしくも思つたが、現在萎れている姿を見ると、気の毒でならなかつた。

 藤田の駈落で一番旨くやつたのは、奇声山だつた。何故かと云うと庶務の岩元がいなくなつて欠員が一人出来たからで、病上りで激務に堪えない矢島を庶務に廻して、奇声山はそのまゝ用度に居据りとなつた。と同時に、彼は准社員になつた。臨時でいた時よりは幾分俸給を減されたものの、それは元々臨時であつた為に高かつたので、云わば元に戾つたようなもので、腰を落け着られるようになつただけ得なのである。辞令を見せて廻つた時には、流石の彼も嬉しそうだつた。


 奇声山は奇声山式に人気を続けて行つた。この点では社員達も満足だつた訳だが、藤田の後任は十五六の鼻垂らし娘になつて終つたので、一同落胆した事は申すまでもない。

 喜んだのは庶労の主任だ。彼は監督不行届の廉で、譴責は食つたけれども、禍根だつた藤田がいなくなつたので、大いに楽になつた。と云うのは、其後昼休みに庶務室へやつて来るのは、大抵中年連で、青年連は申合せたように姿を消した。中年連なら数も少く、大してうるさくも