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Page:KōgaSaburō-KiseiYama-Touhou-sha-1957.djvu/8

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く様子を見ていたが、現われて来る模様はない。

 藤田は入社以来一日も欠勤した事のないと云う女なので、それに昨日あたりは元気だつたから病気になつたとも思えず、家に病人や不幸があつた事も聞かない。変だとは思つたが、誰かに訊いて見る事は、僕として彼女に余り関心を持つているようで、鳥渡出来ない。他の連中も大方同じ気持だつたんだろう。みんな物足りなさそうな顔をしながら、誰も彼女の事を云い出すものはなかつた。

 後で思い当つた事だが、この日どうも谷口が工場で変にソワしたり、そうかと思うと、妙に沈んで考え込んだりしていたようだつた。然し、それは後からそう云えばそうだつたと思い当つたのでその日は一向気がつかなかつた。

 翌日になつても藤田の姿が見えなかつた。翌々日も来なかつた。昼休みに庶務へ行つても何となく様子がチグハグで、翌々日あたりは余り人が集まらず、来ても鳥渡室を覗いて、直きに行つて終うと云う風だつた。只奇声山だけはひどく元気なようだつたが、どうも一般の様子が可笑しい。庶務室が白けているのは、只藤田が欠勤していると云うだけではないらしいのだ。

 一方では谷口がひどく憂鬱になつて終つて、用を云いつけても、どうもハキしない。する事も兎角へマをやる。僕は困つた事だと思いながらも、多少藤田の欠勤にも関係していると思つたから、頭ごなしに叱言を云うのも可哀想だと思つて、そつとして置いたが、三日目にとうとう彼も欠勤して終つた。

 そうして事情が直ぐ分つた。

 一体会社の中に起るゴシップは、陽気なハッと笑つて終えるものは、直ぐに耳に這入るが、それ以外のものはコソと耳から耳に伝わつて、容易に上の者の耳には這入らない。僕と雖も仮りにも技師と云つて、一つの工場を預かつているから、矢張り上役の方に近い。そこへ持つて行つて、僕が向うから云えば格別こつちから聞くのは嫌いだ。それに部下の谷口が又󠄂無口の方で、普通はこうした位置の男の口から我々の耳に這入るのだが、彼は余り云わない方だ。おまけに多少彼の関係している事だから、尚更喋ベママらない。こんな事で、耳の早い連中には当日か翌日に知れて終つたような事が、三日目でなければ僕の耳には這入らなかつた。

 と云うと大事件のようだが――全く、ちつぽけな会社内の出来事としては大事件でもあるが――つまり交換手の藤田が駈落をして終つたのである。

 駈落の相手と云うのが欠張り庶務課にいた岩元と云う青年だつた。この岩元と云うのはお凸