私の郷里は朝鮮の北の方で、二千年の昔高麗王の都した附近の或る淋しい村です。片田舍ではありますが、土地が肥え住民も質朴で、昔から能く富み栄えて居りました。
村の恰度中程に氏神さまがありまして、村民の崇拝は一通りではありませんでした。その氏神さまに一対の石の狛犬がありまして、その眼には緑色の美しい翡翠が嵌められて居りましたが、一夜何者とも知れず、二つの狛犬の両眼を抉り拔いて盗んで行きました。
翌朝それを発見した時に、村中は大騒ぎになりました。と申しますのは、前に氏神さまが村中の崇拝を受けている事を申上げましたが、実は氏神さまそのものよりは、この狛犬が崇拝されていたのでした。氏神さまは高麗国二代目の名君で瑠璃王と云つて、恰度西歴の紀元前後の人ですが、この方の建てられたもので、狛犬の眼は当時王室の珍宝だつたのを、特に用いられたものだと云い伝えられ、瑠璃王の名から取つて、瑠璃玉と云い、この王の威徳によつて、村民が安穏に送れると云う事が、確く信ぜられているのでした。
迷信だと云われゝばそれ切りですが、そこは日本とは遙かに文󠄁化の程度の異つ〔ママ〕た朝鮮ですし永い間村中が兵燹にもかゝらず、割合に富み栄えて来たものですから、狛犬に対する信仰は非常なものだつたのも無理はないのです。全く瑠璃玉が二つ盗まれた事が報告された時には、村中色を失つたのでした。
重〔ママ〕だつた者は早速会議を開きまして、いかなる犠牲を払つても、取り返え〔ママ〕さねばならぬと決議しました。盗んだ者は、村民は無論の事、近村の者は皆この狛犬の威徳に恐れていますから手を触れる者さえない有様ですので、日本人に相違なく、日本に持つて行かれるに違いないと云うので、捜索には第一に私が派遣される事になり、私は進んでこの至難な仕事を引受けました。云い遅れましたが、私は朝鮮では貴族出なんです。後には私の妹と他に一人の男が援助の為にこちらに送られました。私達三人は二年間、苦心して瑠璃玉の行方を探ねて、少しも効果を挙げる事が出来ませんでしたが、今夜掘り出されたものこそ、正しくその一つなのです」
「ふん」長い物語を聞き終つた竜太は、流石に少し赤銅色の顔に興奮の跡を見せながら、
「で、君は、いや君の村はいくらで玉を買うのかね」
「一つ五万円出して好い事になつています。二つ揃えば十五万円まで出しても好いので、その金は電報一つでいつも〔ママ〕取り寄せられます」
「どうして新聞に広告して懸賞にして探さなかつたのだね」
「神意を憚つている村の古老達は新聞を利用する事を、絶対に許さなかつたのです」