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「宜しい、では取敢ず之を君に五万円で売ろう」竜太は無雑作に云つた。
「後の一つも遠からず買つて貰う事にしよう」
「え、え、在場所が分つているのですか」青年は驚いて訊いた。
「いや、分つてはいないが、あの野波と云う奴と、とく子と云う女が手懸りだ。ちよつ、こんな事と知つたら、野波の奴逃がしてやるのだつた」
「えつ、あの人は何か悪い事をしたんですか」
「刑事が尾行している事は教えてやつたが、多分もう遅かつたろう。彼奴は高野殺害犯人として、もう捕つたろうと思うのだ」
「えつ」
「あいつも案外馬鹿だよ。手袋を嵌めて傷を隠したり、カフエ・オーリアンで、ブルドック事件の話に聞耳を立てたりして、刑事につけられている事を一向知らないのだ。それだから十五万円の儲けをフイにして終うんだ。アハヽヽヽヽヽ」
竜太は己れの鼻を呑み込もうとするように、巨大な口を開けて哄笑した。
朝鮮青年は呆然として、彼の顔を見守つていた。