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口をかんして語らず、相手の北田は井川に殺されてしまい、博士自身は妄想患者になってしまった今日、正確な判断を下す材料は全然得られない。多少真相に触れたような人達ですら、果して夫人に不貞行為があったか、それとも単なる博士の憶測に過ぎなかったか、はっきり分らないらしい。

 しかし、博士の受けた苦痛の大きさは、事実不貞行為があったか、又は単なる彼の邪推に過ぎなかったか、に係わらず、全く同一であった。と云うのは玉代夫人が真実を語っていると云う事を信じない限り、彼は全然両者を区別する事が出来ないからである。博士は夫人を溺愛していて、彼女をすっかり信頼していただけに、彼女が北田青年と少し親しくし過ぎると云う事を悟った時には、両者の関係は余程進んでいたのだった。

 博士が両者の関係に気づき始めた時に、いかに焦慮したか、彼は獄中で次のような事を書いている。

「――余ハ有リ得べカラザル事ニ逢着シ、茫然自失セリ。余ハ余ノ神聖ナルべキ妻ヲ疑ウト云ウ事ソレ自身ニ絶大ノ苦痛ヲ覚エヌ。然レドモ、余ハ妻ノ不貞行為ニツキ疑惑ヲ生ジ始メタル日ヨリ、以前ニ溯リ、或イハ以後ノ出来事ニツキ考エ合スニ、事実ハ益々確定的トナレリ。余ハ澳悩焦慮日夜悶々ニ堪エズ。遂ニ病ト称シテ客ヲ避ケ、臥床がしようノ人トナルニ至レリ――」

 博士はただいたずらに煩悩するのみで、玉代夫人に詰問を試み、或いは糾明をしなかったかと云う事は二人の間の秘密であるから、遺憾ながら第三者には分らない。ただ彼女が参考人として予審判事の取調べを受けた調書に次のような一節があるのみである。


 問 被告ハ参考人ニソノ抱イテイル疑惑ニツキ、何カ質問ヲシナカッタカ。

 答 ハッキリデハアリマセンガ、ソンナ事ヲ云イマシタ。私ハ無論打消シマシタガ、ドウシテモ信ジテクレマセンデシタ。

 問 ソレハー度カ、ソレトモ度々カ。

 答 度々アッタヨウニ記憶シテイマス。


 さて、妻の行為に不貞の疑惑を抱いて、日夜煩悶していた博士は、どうかしてその実証を握ろうと肝胆を砕いた。そうして普通の手段では到底達しられないのを見ると、ここに彼はその科学的知識を利用して、一つの計画を立てた。この計画は検事の論告によると、殺人予備行為とせられている。しかし、博士は殺人を決心したのは、それよりずっと後であって、それはこの計画の成功から暗示ヒントを得たには相違ないが、この時は単に妻に不貞行為ありや否やを知るつもりに過ぎなかったと抗弁している。

 博士の計画はどう云う事であるかと云うと、博士の邸内で行われるであろう所の、玉代夫人と北田青年の会見の有様を、二人に何等気づかれる事なしに、科学機械によって記録しようと云うのだった。最初、当然彼の頭に浮んだのは写真の撮影だった。二人が不貞行為をしている所が写真に撮影出来れば、これくらい厳然たる証拠はない。しかし、この事には非常に困難が伴った。写真機械はこっそり備えつける事は出来ない事はないが、自働ママ的にこっそり撮影すると云う事が難かママしいのだった。

 秘密に備えつけた写真機は視野が非常に狭いから、撮影開始は後に述べるような方法で、彼等が室内に這入ると同時に行えるけれども、その時に果して彼等がレンズの範囲内に這入っているかどうか甚だ心許ない。又、只一枚の撮影では、果して欲している所のものが得られるかどうか疑わしいから、連続的の撮影、即ち、活動撮影機を使用する必要があるが、それには第一に困るのは光線の不足である。室内の光線では到底満足なものは得られない。事実、博士はこの方法を一二回試みたけれども、