全然失敗に帰した。そこで彼は非常に感度の高いフィルムを作ろうと研究して見たけれども、これは一朝一夕に出来る仕事でなかったから、写真撮影は遂に断念するの他はなかった。
かくて博士が智力を傾けて考案したのは、そうして成功したのは、発声フィルム法であった。(読者は博士が何故に探偵を使用し、或いは自ら彼女を尾行し或いは室内を覗いて、事の実否を
ここで私はちょっと発声フィルムの事を説明したいと思う。元より私は専門家ではなし、充分満足な満足は説明は出来ないし、ことによると飛んでもない錯誤を述べるかも知れぬ、しかし、今私は執筆を急いでいるので、
発声フィルムに使用するフィルムは映画撮影に使用するフィルムと同一の性質のもので、セルロイドの薄い細長い板に、感光膜が塗布してあるもので、感光膜は光線に露出した後に、現像作用を行うと当てられた光線の強弱に比例して、明暗をその上に現わすものである。音響は諸君もよく御承知の如く空気の波動によって生ずるが、もし空気中に起る波の高低 (音波は所謂縦波と云って、海水の波とは少し性質を異にするが、分り易いために、横波の概念で説明する) が、そのま光線の強弱に変える事が出来たら、即ち音波の高い所は光が強く、音波の低い所は光が弱いと云う風に、つまり空気の波動の縞を、光線の縞に変える事が出来て、その光線を移動しているフィルムに当てたなら、現像の結果、フィルム上には、音響の強弱に全く対応して、明暗の縞が出来るに相違ない、これが発声フィルムである。音波の縞を光線の縞に変えるのには
逆にフィルムを発声させるためには、フィルムに人造光線を当てて移動せしめる。すると、フィルム上の明暗の縞に濾過されて、その度合に対応した明暗の光線が
井川友一が彼の妻の品行を探るために、苦心の結果考え出したのは、この発声フィルムを使って、彼女の情人と考えられる青年との会話を記録しようと云うのにあった。この方法によるとアクションは遺憾ながら記録出来ないが、彼等の交す会話は一言一句、洩れなく記録する事が出来る訳である。
井川博士は彼の留守中、二人が最も使用するであろう所の、彼の書斎を選んで、底に秘密の戸棚を作った。戸棚は暗室になっていて、そこに写声機 (映画撮影機と同一の機構を存するもの) 光電池その他一切の装置を置いた。
諸君はどうしてこの写声機が、適当な機会に於󠄁て自働〔ママ〕的に動き出して、恰度
書斎には大きな革張りの肘突椅子があった。それには堅牢な