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しかし、その真白な洋装がピタリと合うような清楚な上品な顔立ちで、晴れ晴れとした眼は人懐ひとなつこいながら、どこかに犯し難い気品があった。繁太郎は思わずうっとりと女の横顔に見惚みとれていたが、彼女の云った次の一句に、電気にでも触れたように身体を鯱張しゃちこばらした。

 「あの飾窓ウインドーの水晶の玉を見せて下さいな」

 さてはこの女もあの玉を欲しがっていると見えると思いながら,繁太郎はかたを呑んで番頭の返事を待っていた。

 「駄目です、あれは見せられません」

 番頭はかねて聞いていたように無愛想に答えた。

 「そんな意地の悪い事を云わないで、ちよっと見せて下さいな」女は媚を含んだ眼を番頭に向けながら嘆願するように云った。

 「駄目なんですよ、あれは売物じゃないのですから」

 「売物じゃないんですって。そんな事はないでしょう。そんな事を云わないで見せて下さいよう」

 「ほんとうに売りものじゃないのですから」

 さすが仏頂面ぶっちょうづらの番頭も相手が美人なので、些か持て余し気味だった。

 「だって、売物でもないものを、ああやって出しておく訳はないでしょう」

 「それが、か、看板なんですよ」

 「ええ、看板ですって」

 「ええ、あれを見て這入って来た人が、何か他のものを買ってくれますから」

 「嘘、嘘」娘は微笑ほほえみながら、おてんらしく叫んだ。

 「番頭さんたら意地悪ね、ちょっと見せて下さいったら、見せて下さいな」

 「いいえ駄目です」

 繁太郎は二人の問答と様子をききしながら、番頭の片意地なのと、娘が熱心なのに驚嘆していた。あの未通女おぼこしとやかそうな娘が、殆ど色仕掛といっても好いほど、色っぽい眼で誘惑を試みようとしているのは、よくよくの事であり、その美しい女の眼の誘惑にさえ乗らず、ちょっと手を延ばしてあの小さい水晶の玉を見せようとしない番頭にも、よくよくの理由がありそうに思えるのだった。

 やがて娘は落胆した色を現しながら、トボトボと店を出て来た。繁太郎はもうその店に這入って、あの無愛想な番頭と無益な問答を繰返す勇気がなくなっていた。その上、彼は美しい娘の姿と、その娘が非常にあの水晶の玉を見たがっている事に好奇心を起して、思わずじっと彼女の後姿を見送った。

 と、容易ならぬ事が起った。というのは例の番頭が店の奥の方からチラと表の方へ目配せをしたが、すると店の向側むこうがわの軒先に佇んでいた風体の悪い男が、ちょっとうなずいたかと思うと、女のあとけ出したのである。

 繁太郎は呆気に取られたが、考えてみると、父の場合もやはりこんな尾行がついたのかも知れぬ。父は気がつかなかったようではあるが、何にしても、この店は怪しい店だ。あの水晶の玉で人を釣って何か好からぬ事をし ているのに相違ない。いずれにしてもあの可憐な女を見捨てておく訳には行かぬ。

 繁太郎は咄嗟とっさに決心すると、飾窓をつと離れて、女を 尾行して行く怪漢をまた尾行し始めた。



 女は怪しげな男が尾行しているのに気がついたらしく、急に足を早めて、不安に堪えないようにソワソワし出した。ずっと離れて後からついて行った繁太郎はその様子を見ると、猶予していられないような気持ちになって、 足を早めると、駈け出すようにして尾行している怪漢を追い抜き、彼女に追迫おいせまって肩を並べるようにしながら、

 「モシモシ」と声をかけた。

 娘は飛上るように驚いて横を見たが、それが尾行して来た怪しげな風体の男ではなく、立派な青年紳士だと見ると、やや安心したらしいが、それでも油断なく身構えながら、

 「何か御用ですか」

 ときっぱりした口調で云った。それは先刻さっき骨董店で番頭に色っぽく話しかけていた時と別人のようだった。繁太郎には反ってその方が嬉しかった。

 「今ね、あなたを、怪しげな奴が尾行しています。ですから、失礼ですけれども、僕はあなたの友達のように見せかけますから、あなたもその積りで並んでお歩き下さい」

 繁太郎は早口に女の耳許で囁いた。

 娘は繁太郎の悪意のない紳士である事を漸く悟ったらしく、「有難う」と簡単に礼を云って、足並を普通の早さに落して、繁太郎と肩を並べた。

 「それからね、甚だ失礼ですけども」並んで歩きながら繁太郎は相変らず早口に云った。「あなたの見たがっていらしたあの玉ですね。実は私もあれを手に入れたいと思っているのですが、それについてちよっと奇妙な話もあるのですが、あなたがどういう訳であれを欲しがっ