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 小柄な男は暫く勝負を見ていたが、やがてスゴスゴと引上げて行った。


この煩悶


 賭博場カシノ附属の酒場は大勢の客が群れていた。勝った者は威勢よくおごるし、負けた者は自暴やけ酒という訳で、ガブガブと煽っている者もあれば、チビチビ盃をめている者もあり、大声でくだを巻いている者もあれば、ウツラウツラ眠っている者もあるという各人各様の大混雑である。

 そこへ友吉が二度目の勝負を切上げて、フラフラと這入って来た。

 逸早いちはやく見つけたのが、カウンターの所にいたオットであった。

『ハロー、ヘル・タカハシ!』彼は叫んだ。

 友吉はカウンターの所に来て、オットの隣に割込んだ。

『ヘル高橋、どうです、スッカラカンになりましたか。』


 オットは覚束おぽつかない日本語でいった。

『未だ千弗ばかし残ってらア。』友吉は嘲けるようにいった。

『時々勝つもンだからね、案外急にゃ負けられないんだよ。』

『シニョル・ステファニ。』オットは隣にいた伊太利イタリー人に向いて、『この日本人ヤパナーは何とかして賭博に負けたいんだそうだ。』

『そいつは素敵だ。』ステファニは大分酔っていた。『だが、賭博てえものは逆に出るものだぜ。そういう気持でやりア、却って勝つもンだぜ。』


『所がお前、相手が悪いや。稲妻ジムだからね。』

『稲妻ジムには勝てねえや。そいつア止めた方がいい。』

『所が負けたいてえんだ。』

『変ってるなア。おイ君。』とステファニは友吉に、『君の国の人は皆そうかい。慾がねえてえ話だなア。』

『そうでもねえさ。』と、友吉は片言の英語で、『僕ア別だよ。』

『何だって、又そんなに銭が邪魔なんだい。』

『俺ア。』とオットが引取って、『大方失恋の結果だと思うんだ。』

『僕ア、女を探しに来たんだ。』友吉は突然叫んだ。

『え、女を探しに。』ステファニは怪しい呂律ろれつで、『ふうん、お前の国はそんなに女が少ないかい、上海くんだりまで――』

『止せやい。毛唐の女なんかにゃ用はねえんだ。日本の女を探してるんだよ。』

『ハハア。』オットはうなずいて、『お前、逃げた女を探してるんだな。』

『お前可哀想にふられたのか。』ステファニがいった。

『そうだよ、僕ア女に逃げられたんだ。だが、嫌われたのじゃない。僕ア信じてる。嫌われたんじゃない。』

『へえ、お前の国じゃ、嫌わないで、女が男から逃げるのかい。』

『女は売られたんだ。しかも親と名のつく人間に。親といっても只紙の上だけの親だが、やっぱり親にゃ勝てない。女は黙って行ってしまった。きっと泣いていたに違いない。きっと