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心の中じゃ僕にびていたに違いないんだ。』

 友吉は次第に昂奮して来て、多く日本語で喋るようになった。従って、オットやステファニにはよく分らないのだが、それでも友吉の情熱的な態度のうちに、何か感ぜられるかして、僅かに首を上下しながら黙って聞いていた。

『純真な娘だった。未だホンの子供だったんだ。僕ア上海の空を眺めて、幾晩泣き明したか知れやしない。胸が張り裂けるようだった。オットさん。』と、急に呼びかけて、『お前さんの国の人はこういう時にどうする?』

『どうするって、何の話だかよく分らない――』

『好きな女が無理に遠い土地に連れて行かれた時の話さ。』

『無論追ママかけて行くさ。』

『空手でかい。』

『そうだ.』ステファニが急に大きな声を出した.『そいつア、ヘル・オットが間違ってる。空手じゃいけない。いくらかなくちゃ。』

『シニョル・ステファニ、俺は未だ何ともいってやしないよ。』オットな不服そうにいった。

『僕は働いた。』友吉は関わず喋り続けた。『労働もした。外交員もした。その時まで親のすねかじって学生生活をしていた僕にア、かなりの負担だった。僕ア、屈しなかった。金になる事ならどんな苦労もいとわなかった。』

『ば、賭博はどうだい。』ステファニがいよいよ舌を縺らしながらいった。

『賭博なんかやるもンか。第一日本にゃ、こんなカシノなんてものは全然ないんだ。』

『え、カシノがねえって。ふん、日本人はよくそれで辛抱しているなア。』

『シニョル・ステファニ。』オットがやや鹿爪らしくいった。

『君は知らないのか。日本の社会制度はとても健全なのだ。君は少し学問をする必要があるぞ。』

『それで、君。』ステファニは友吉に、『先を話して呉れ。君は稼いで金を溜めたんだね。』

『五年かかった。カッキリ五年で、五千ドルの金をこさえる事が出来たんだ。』

『堅気でそれだけ作るにゃ、相当骨が折れたろうなア。』

『僕ア、五千弗の金が出来ると、矢のように上海へ飛んで来た。』

『五年ぶりで好きな女に会えるんだから、さぞ飛び立つ思いだったろうなア。』

『それで、どうしたんだ。』オットは促した。

 友吉は黙ってうな垂れた。

『ふむ、そうか。』オットはうなずきながら、『女が心変りしたんだな。』

『よくある奴さ。』ステファニが慰め顔に、『女てえ奴はほうっときゃ半年は持たないからなア。五年は無理だよ。』

『違う。』友吉は突然叫んだ。『それは君達の国の女の話だ。日本の女は違う。五年は愚か、十年でも心変りなんかしない。』

『それじゃ、どうしたというんだ。』ステファニは少しむっとしたように、『何も しよげる事アないじゃないか。』

『死んだんだ。』友吉は又力なくうな垂れた。