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はいえ、三四年以前には殆ど只同様の値だったに違いないからこれだけの広さが買えたのだろう。温室があり、畑があり、果樹園があり、小高い丘を上ると、その向うは大きな林になっていた。

「これアママどうも大したものだ」外套の襟を懸命に立てながら金子が驚嘆するようにいった。

 林を一廻りして、そろそろ帰り路についた時に、渡辺が不意にみな子にいった。

「奥さん、あなたはキャンプをなすった事がありますねえ」

「え」みな子は思いがけない質問に眼を丸くしたが、すぐにうなずいて、「ええ、未だ一人でいる時分、お友達と山へ行って、キャンプをした事があります。でもどうしてそんな――」

「なに、先刻さつきから見ていますとね、奥さんはそこらに落ちている枯枝を無意識に、盛んに拾ってらっしゃる。お拾いになる枯枝を見ると、よく乾いていて、燃すのに手頃の小枝ばかりです。キャンプの御経験でもなければ、そんなものはお拾いにならないだろうと思いましてね」

「まアママ、渡辺さんに会ってはかないませんわ。人の気のつかないような事ばかり見てらっしゃるんですもの」

「そこが科学者の浅間あさましさですよ」

 金子が例の如く憎まれ口を利いた。

 すると、みな子は急に真顔になって、金子を睨みつけるようにして、

「まアママ、おひどい。浅間しさだなんて。そこが科学者のお偉い所じゃありませんの」

「いや、どうも、ハハハハハハハ」

 みな子の剣幕が余り激しかったので、金子はいい加減に笑いに紛らしてしまった。

 暫く行くと、みな子が急に立止った。

「まアママ、私、すっかり忘れてしまって」

「何をですか」渡辺が訊いた。

「お隣りとの境の事ですの。地境ぢさかいに石が立っている筈なんですけれど、よく分らなくて。先刻見て頂こうと思いながら、つい忘れてしまいましたの」

「地境って?」

「この林の向うですわ」

「じゃ訳ありません。引返して見て上げましょう」

「でも、お気の毒ですわ」

「なに、何でもありませんよ。ねえ、諸君」

「うん」金子が又渋々うなずいた。

「じゃ、申訳ありませんけれども、一寸引返して見て頂きたいんですけれども」

「いいですよ」

 渡辺はもうきびすを返して、もと来た路へ戻ろうとした。私と金子も渡辺について引返そうとした。ところが、みな子は立止ったままで、

「ではお願いしますわ。私、一足お先に家に帰って、お茶の用意をいたしますから――」

ついでに火をうんと起して貰いたいな」金子が無遠慮にいった。「何しろ、寒くてやりきれませんからな、奥さん」

「はいはい、承知いたしました。本当にこんな寒い日に、御面倒を願いまして」

「奥さん」渡辺は笑いながら「この男のいう事を気にしないで下さい。おい、金子、余計な事をいわ