するが、画は確かに先夜御前様がいずれへか御
「ば、馬鹿な」
松坂は余りの事に口も利けなかった。信頼し切っている、永年忠勤を尽してくれた柏谷老人にまで、世間で取沙汰されているような考えを持っていられるのかと思うと、彼はあたかもシーザーが刺される時に当って、ブルタス〔ママ〕お前もかと云つた、その気持〔ママ〕に似たものを感じて、つくづく情けなくなつた。
「御前様のお惜しみ遊ばすのも御尤もでござりまするが。侯爵様の御機嫌を損じまする事は、誠にはや、
老執事は松坂の沈黙したのに乗じて、不興を
余りに予期しない言葉だったので、半ば上の空で聞流していた松坂は、ふと、一体彼はただ世上の風評を聞いて、一途に自分が名画を隠したように思い込んでいるのだろうか。それとも他に何か彼にこう信じさせる事実でもあるのかと考えついたので、静かに彼を制しながら訊いた。
「お前の云う事は少しも分らんが、一体お前は何か理由があってそんな事を云うのか」
「御前様」彼は情けなそうに松坂の顔を見上げた。「お隠し遊ばしても駄目でございまする。あの晩、夜中に御前様が広間から画を
「なにッ!」松坂はいよいよ
「はい」老執事はすっかり覚悟を
老人の云う所は条理整然としていて、真実
と、突然、荒々しく
「粕谷さん、た、大変です。直ぐ来て下さい」
粕谷老人は書生の大袈裟な態度を
彼は幾分悄然としていた。しかし、別に取乱した様子もなく、はっきりした声で松坂に報告した。
「御前様。伜の繁松が何者かに殺されましたそうでござりまする」
四
「えっ」
老執事の意外な報告に、我が耳を疑うように問返え〔ママ〕した松坂は、彼から返事を聞く事が出来なかった。と云うのは扉が開いて、二人の男がツカツカと彼の傍に来たからである。
「やあ」