Page:KōgaSaburō-A Vacant House-1956-Tōhō-sha.djvu/8

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事じやないよ。戾し証は期限が切れりや無効なのは当然さ」

「然し、君、それは余り酷いじやないか」私は腹を立てた。

「常識で考えたつて、時価の半分にも足らぬ金で、他人に譲渡すママ馬鹿はないじやないか。こう云う気の毒な人を法の力で保護出来ないなんて事があるものか」

「駄目だよ。法律を知らない人の失策は、法律ではどうにもならんよ。そう云う横着な奴は、腕力でやつゝけてやれよ」

「それは無茶だ。君にも似合わんじやないか、第一なぐつたつて、家を返さなければ何にもならん」

「ふゝん。だから旨い智慧で取り返すさ。法律では歯に報いるに歯を以てする事は必ずしも禁じてないよ」

「――」私には意味が分らなかつた。

「騙されて盗られたものは、騙して取返しても必ずしも罪にはならんと云うのさ」彼は云つた。

 私は友人の言葉に暗示を得た。それから私は根気強く元検事白田の性行を調べた。そうして私は計らずも、彼が在職中にある無辜の人を死刑に陥れた事を知つた。無論、多少弁護士との間に感情の疎隔はあつたにしても、彼としても故意に陥れたのではなかつた。彼は種々の証拠からそう信じて、判官に最後の断案を下さしたのであつたが、後でその証拠が疑わしいものである事が判つた。それに彼の貪慾な性質が煩いして、彼は左遷せられ、やがて退職したのであつた。氷の如く冷か ママな彼も、この事件だけは酷く気にしていると云う事であつた。

 それから私は家の方を調べて、現在一軒だけ空家になつている事と、その家には兎角人がいつかないで、よく死人を出すと云う事で、近所の噂に上つている事を知つた。

 私は一計を案じた。やがて私は仲人を介して、今は白田の持家である元は藤井老人のものであつた三軒の家を買取る話を進めた。話が有利であつたので、元検事は大分乗気であつた。九分通り話の定つた時に、私は約束を取消しに出かけた。そうして既に述べたように彼に借家の因縁話を持ちかけたのである。

 私の計画は成功した。彼は私の話を大分気にし出したのである。

「それで今でも時々」私は続けた。

「真夜中に物凄い老婆の呻き声が聞えたり、頸にまざと紫がゝつた縄の跡のある男が恨め