Page:KōgaSaburō-A Vacant House-1956-Tōhō-sha.djvu/9

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しそうに朦朧と出て来ると言う話です」

「もう沢山だ」彼は叫んだ。

「あなたはそんな取るに足らぬ風説で、私の持家にけちをつけようと云うのだね」

「どういたしまして、そんな積は少しもありません。ですから始めにお話したくないと云つたのです」

「そんな噂は少しも破談の理由にならない」

「然し、あの家へ越して来た人達が、続けて三度まで、這入ると間もなく死人を出したのは事実です」

「それは偶然です」

「成程それは偶然かも知れません。然し、現在私の見た事実はどうなりますか」

「あなたが?」彼は疑ぐり深い眼で私を見た。

 いよ本舞台に這入つて来た。思つたより容易く運んだので、こゝだと私は一層緊張した。私は低い底力のある声でゆつくりと話出した。

「昨日の昼の事です。私は近々私のものになる家の、中でもあの空家はもしかすると、私自身が這入る事になるかも知れないので、一層よく見て置きたいと思いまして、一人であの家に行つたのでした。昨日は御承知の通り、空に一点の雲もない天気でした。私はカン照りつける陽に汗がダクダクになりながら二畤頃でしたか、あの家の前に立つたのです。中をよく見ようと思つて来たのですが、近頃聞いた気味の悪い噂が何となく気になりまして、這入るのが変に躊躇せられるのです。暫く外に佇んでいましたが、終いには私の考えが馬鹿々々しくなつて来ました。フヽンと思わず自分を冷笑しながら、泥坊ママと間違われないように、一応隣りへ断つて置きまして、裏口へ廻ると、ガラリと雨戸を開きました。プーンと徽臭い、長く空家になつていた家特有の香が鼻を打ちます。私は思い切つて中へ踏み込みました。明るい所から急に這入つたので、暫くは眼潰しを喰つた人のようにボンヤリ立つていました。やがて眼が馴れて来ると、雨戸の隙や、節穴から洩れて来る白い光で、中は案外よく見えます。廊下から座敷の方へ歩いて行きますと、座敷の突当りの白い壁に、庭の立木が何本もハッキリと逆様に写つています。私がふとそれを眺めますと、不思議! その影がざわざわと動き出しました。そして、それらの影がだん寄つて、最後に一つになると見る間に、それが髮を長く振り乱した女の姿になつたじやありませんか。私はギョッとして、それでもじつともう一ぺん見詰めますと、